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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9461号 判決

原告 佐藤倫子 外三名

被告 村田きぬ

主文

被告は原告等に対し別紙目録記載の各不動産につき、原告等が各八分の一、被告が二分の一の割合による持分を有する旨の共有登記をせよ。

原告等のその余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し、別紙目録記載の各不動産につき昭和三三年一○月九日東京法務局杉並出張所受付第二三四七四号を以て被告のためなされた同年六月二二日附遺贈を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなし、右不動産を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、若し右の請求が容れられない時は主文同旨の判決を求める旨申立てて、その請求の原因として、

(一)  別紙目録記載の各不動産は何れも元亡菅原たつこの所有である。

(二)  同女は昭和三三年五月一日付公正証書を以て自己の有する総財産を被告に包括遺贈する旨の遺言をなし、同年六月二二日死亡した。

(三)  その結果別紙目録記載の家屋及び宅地には請求趣旨掲記の如き登記がなされ、被告は現に之を占有して居る。

(四)  ところで同女には三女菅原くみこ(即ち原告等四名の母)が唯一の推定相続人として存在したが、くみこは被相続人たるたつこの死亡後法定の期間内にその住所地を管轄する東京家庭裁判所に相続放棄の申述をなし、右申述は昭和三三年一○月八日同庁に於て受理せられたので、くみこの実子である原告等四名は親等の最も近い直系卑属として亡菅原たつこの相続人となつた。

(五)  然るに亡たつこの財産には本件各不動産を除けば少額の預金と僅かの家財道具及び衣類しかなく、結局同人の遺産としては本件不動産に限られるから、前記遺贈が原告等の遺留分(各自八分の一、合計二分の一)を侵害していることは明白である。

よつて原告等は昭和三三年一○月一八日被告に対し本件遺贈の二分の一を減殺する旨書面による減殺請求の意思表示をなし右書面は同月二○日被告に到達した。

(六)  本件家屋は本件両宅地上に跨つて建てられ、従つて前記各不動産は経済的に不可分である。此の場合、受遺者をして現物を相続人に返還せしめることを以て原則とする我が民法の趣旨に鑑み、且つ又不可分物に関しては之を分割してその一部を返還させることが適当でない事実に照して、被告は相続人たる原告らに対し前記不動産全部を返還すべき義務がある。原告等はただ遺留分を越える部分に相当する価額を返却すれば足りるのである。

(七)  仮に然らずとするも、前示遺留分減殺の意思表示により、原告らは本件各不動産につき、各自八分の一の持分を有するに至つたものである。

(八)  以上の次第であるから本訴請求に及んだ。

と陳述し、被告の答弁に対しては、

菅原くみこが亡たつこの生前に自己の有する遺留分を放棄し、昭和三一年一一月八日盛岡家庭裁判所の許可を得たことは認めるが、原告等はたつこの孫として自己固有の立場に於いてその相続人となつたもので、くみこの子として両人を代襲して相続する訳ではないから同人の遺留分放棄が原告等の遺留分について何等影響を及ぼすべき理由はない。

と述べ、立証として甲第一号の一乃至三同第二号証の一乃至七、同第三乃至第八号証、第九、第一○号証の各一、二を提出した。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、

(一)  菅原くみこが相続を放棄してその申述が東京家庭裁判所に於て受理されたとの事実は知らないが、その余の原告主張事実は全て認める。

(二)  しかし原告らの母である菅原くみこは、昭和三一年一○月二日盛岡家庭裁判所に対して遺留分放棄許可の申立をなし、該申立は同年一一月八日許可された。

即ち唯一の推定相続人が遺留分放棄をなしたことにより、亡菅原たつこは自己の有する財産を遺留分の制約を受けることなく自由に処分し得べき権能を取得したのであるから、同人が被告に対してなした本件遺贈については代襲的には勿論原始的にも原告等が遺留分減殺をなす余地は存しない。

と述べ、甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)  亡菅原たつこが昭和三三年六月二二日死亡したこと、原告等の主張の遺言によりたつこの有する総財産が被告に包括遺贈され、その結果別紙目録記載の各不動産には夫々原告主張の如き登記がなされ、被告は現に之を占有して居ること、及び亡たつこの唯一の相続人である菅原くみこはたつこの生前既に自己の有する遺留分を放棄し昭和三一年一一月八日盛岡家庭裁判所の許可を得て居ることは何れも当事者間に争いがない。

(二)  成立に争なき甲第二号証によれば、本件に於て唯一の相続人である菅原くみこはその後更に相続を放棄し、その旨の申述は昭和三三年一○月八日東京家庭裁判所に於て受理されたことが明らかであるから、右相続放棄は法律上の要件を具備する適法なものと認むべく、従つてくみこの相続人としての地位は遡及的に消滅し相続財産は次順位の相続人がある限り之によつて承継されることになる。

(三)  此の場合「次順位の相続人」とは、放棄した相続人の次に親等の近い被相続人の直系卑属を意味することは民法の規定の解釈上疑いがない。蓋し、(イ)民法第八八六条以下の相続人に関する規定を見れば我が民法は、苟くも被相続人に直系卑属のある限り原則として之に相続権を認める主義を採用して居り、而も(ロ)本件の如く唯一の推定相続人が相続を放棄した場合には代襲相続の問題は生じ得ないが、次順位の直系卑属が被相続人の直系卑属たる固有の地位に基いて相続人となることは何等之を禁止して居ないからである。従つて亡たつこの孫であることが当事者間に争いのない原告等四名は被相続人たつこの財産に属した一切の権利義務につき相続人たるの地位を取得したものと言わなければならない。

(四)  而して亡たつこが自己の有する総財産を被告に包括遺贈した以上、右遺贈が原告等の遺留分(合計二分の一即ち各自八分の一)を侵害することは明白である。

(五)  被告は原告等の母であるくみこが亡たつこの生前既に自己の遺留分を放棄して居るから、その子である原告等にも侵害せらるべき遺留分は存しないと主張するけれども、原告等はたつこの直系卑属たる自己固有の資格に於て相続人となつたもので、くみこの代襲相続人でないことは既に述べた通りであるから、くみこの遺留分放棄が原告等の遺留分に何等の影響を及ぼし得ないこと勿論で、此の点に関する被告の主張は失当である。

(六)  よつて原告等が昭和三三年一○月一八日被告に対し原告等主張の如き内容の遺留分減殺の意思表示をなし、右意思表示が同月二○日被告に到達したことの当事者間に争いのない本件に於ては、被相続人たつこが被告に遺贈した別紙目録記載の土地家屋の価額の二分の一を越える部分は原告等の遺留分を侵害するものとして減殺されたことになる。この結果右の限度に於てたつこが被告に対してなした遺贈は失効し、本件土地家屋は何れも原告等四名が各自持分八分の一、被告が持分二分の一を有する共有となつたものと謂うべきである。

(七)  原告は本件土地家屋が一体不可分であることを理由として「遺贈の目的物が不可分で且つその一部を減殺すべき場合には受贈者はその全部を返還する義務があり、遺留分権利者は之に超過分の価額を返却すれば足りる。」旨主張するので此の点について判断する。

なる程目的物が不可分であれば之を分割してその一部を現物を以て返還せしめることは出来ない。しかし之を遺留分権利者と受遺者又は受贈者の共有にすることは、法律に禁止規定のない限り、如何なる財産権についても可能なのであつて、減殺の結果斯る共有関係を生ぜしめることも法律上は正に現物を以てする返還に外ならないのである。原告主張の如き解釈は、減殺請求がなされた場合、受遺者(又は受贈者)をして相続人との共有関係に甘んずるか、価格を弁償して之を阻止するかの選択権を与えた民法第一○四一条を全く無視する結果となるのみならず、遺留分保全の限度を越えて減殺請求権を認めず、同法第一○三二条、一○三九条を例外的に規定した民法の原則とも矛盾し、到底賛同し得ない。仍て本件目的物が不可分であると仮定しても、原告の此の点に関する請求は理由なしと謂うべきである。

(八)  以上の通りであるから、本件土地家屋がそれぞれ原告等四名(各自持分八分の一)と被告(持分二分の一)との共有に帰したことを前提として被告に対しその旨の登記手続を求める原告等の予備的請求は正当であるから之を認容すべきも、主たる請求は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 鈴木忠一 裁判官 田中宗雄 裁判官 三井哲夫)

別紙目録略

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